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…………。

言葉を無くす、二人。

 この時になって始めて、我々は自分たちがどんなに危険な旅をしていたかを認識した。
 
 

しかし、サイコロの目は、絶対である。








 とりあえず暖かい食堂で緊急会議を開くことにした二人。登るのか、登らないのか。この会議の間にも、ミスターは冬コミの申込書のサークルカットの下書きを描いていました。そうなんです、冬コミの申し込みもあったんです。
 今日は8月17日。そして、冬コミのサークル申し込み締め切りが、翌18日の午後4時。この時間までに郵便局に行って用紙を提出しないといけないのです。しかし、現段階でミスターはサークルカットの下書き段階で、他の欄は真っ白なまま。つまり、このまま富士登山を決行した場合、明日の午後4時までに下山して郵便局に行かないと、申し込みが間に合わないのです。
 この段階でミスターは『富士山頂の郵便局から出してみっか』などと抜かしていたのですが、絶対無理ですから。

 そして、我々の出した結論は、『サイコロの目は絶対』。つまり、登山を決意しました。天気は大荒れです。しかし、ここで行かねば、どうでしょうバカとしての名が腐る。ここは登るべきだと判断したのです。

 富士登山が決定した我々は、装備を整えるために、一旦河口湖町に戻ることにしました。実に5回目の河口湖駅。もう見飽きました。
 駅に戻ってくる途中に、大型ショッピングセンターを見かけたので、そこに行ってみようとしたのですが、多少距離があったので、路線バスで行くことに。しかし、そのバス停が探せど探せど見つからない。あるのはケーブルテレビ局と自民党の汚れたポスターだけ(笑)。結局駅まで戻り、タクシーで向かうのでした。

 タクシーに揺られることしばし、ショッピングセンターBELLさんに到着。ここで装備を整えましょう。RPGで言うところの、ダンジョン直前の町です(笑)。
 まずは、スポーツ用品店で長袖の運動服を買うことにしました。すると、いきなり店の目の前に『富士登山はこのスタイル!』みたいなのがあるじゃないですか、マネキンさんがジャージトレーナー着ちゃってるじゃないですか。じゃぁコレで行きましょう。
 服を手に入れた次は、食事。最後の晩餐とばかりに、3階のレストランでハンバーグなんぞを食べる。ミスターはこの間も、申込書と格闘中。とりあえず、書くところは埋まったようです。あとはサークルカットですね。〆切まであと25時間です。
 そんなことをしていたら、山の天気が見る見るうちに変わっていくのが見えました。そして、黒い雲が我々の上空まで来たと思ったら、土砂降りの雨。コレはなんですか、我々に登るなという忠告ですか。でもダメですよ、もう登山セット一式買っちゃったんですから。

 午後5時、6回目の河口湖駅は、雨が降っていました。駅の売店で、登山用の杖を買いました。駅向かいの店で、カッパも買いました。軍手も買いました。登山装備、完成です。
 17時20分発のバスで、再び富士五合目を目指します。我々の他に、乗客はいません。18時15分、夜の富士五合目は、昼よりも天候が悪化していました。台風中継を思わせるような雨と風、そして、真夏とは思えない寒さ。ますます、富士が我々を拒んでいるように感じられました。

 しかし、そんなことで引き下がるような我々ではありません。誰もいない着替え所で長袖ジャージトレーナーを着用、雨合羽も装備して、登山スタイル完成です。

上の写真の右の方向に登山口があるのですが、まず向こうのロッジに行くまでが一苦労。風に体を持って行かれ、まっすぐ歩くことができません。

 さすがの我々も、再び緊急会議。ミスターからも、「止めたほうがいいんじゃないの?」という意見が出ました。ともやも、出来ることなら帰りたい。ネタとしてつまらなくなってもいいから、帰りたい。二人の意見は、撤退で一致しました。

 そんなとき、一組の男女が、登山口に向かって歩いていくのが見えました。なんと、現地の人が『絶対止めた方がいい』とまで言うほどの天候の中、登ろうという人たちがいたのです。

 旅は道連れ……ということで、我々もついていってみることにしました。五合目から河口湖駅に戻る最終バスは20時45分。途中であきらめるのであれば、その時間までに戻ってくればいいのです。
 早足でその二人を追いかけると、さらにもう一人、男の人がいました。なんと、韓国からの観光客だとか。いやー、でも、こんな日に登るのは無理だと思うニダ。

 始めは下りが続いていた登山道も、いよいよ上りになりました。獣道のような細い道を、枝をかき分けながら進みます。

(河口湖口ルートにそんな獣道はありません。吉田口ルートとを結ぶ道に迷い込んだようです。結果的に多少遠回りになっただけで済んだのが幸いでした。懐中電灯を持っていなかったため、看板を見落としたのが原因でした。)

 そんな道をしばらく登ると、一軒の建物が見えました。『富士山安全指導センター』だそうです。中にいたお兄さんが、僕たちに山小屋がどうのうな紙を渡してくれました。後から来た他のグループにも、同じ紙を渡していました。

 生まれて初めての本格的な登山に、ともやはすっかり楽しくなってしまい、やたらと口数が多くなりました。ですが、ここは山です。酸素が薄いんです。そんなに無駄な体力を使ってると……。

ほら、黙っちゃった。

 一方、何度か富士登山経験を持つミスターは慣れたもの。黙々と砂の斜面を歩いていきます。

 途中で、外国人グループを追い越しました。なんと、シンガポールから来ているとのこと。いやいや、時差もないのにこんな夜中に登るのは危険だと思いますマーライオン。

 地獄の沙汰も金次第とはよく言ったもので、富士登山も同じですよ。山小屋は結構チョコチョコとあるんですよ。だけど、そこで休憩するのに、結構なお金がかかるんですよ。そのため、所持金が少ないともやにとって、山小屋で休憩するという選択肢は無いに等しく、ひたすら登り続けるしかなかったのでした。

 この後、翌朝まで写真もメモもありません。そんな余裕はひとっつもありませんでした。暴れるように吹き荒れる暴風と叩きつける雨に、ともやはその場でじっとするのがやっとの状況。岩の斜面を這うようにヨロヨロと登るのでした。汗か涙か雨粒か、顔はもうびっしょりです。頭がマトモに物を考えられません。低酸素にも弱かったか、ともや。
 ほとんど死に体で8合目に到着する頃には、すっかり廃人。ミスターの「休んでくか?」の声も届かず、ともやはのそのそと登り続けようとします。そもそも休めないんだってば。

 標高は3000メートルを越え、いよいよ天候も厳しさを増してきた時、ついにともやの足が止まりました。コレ以上無理をしたら、ネタとしてじゃなくて、本気でミスターに迷惑がかかる。そう思ったのです。このペースで登ってもご来光は見られるかもしれないけど、帰りがもっとヒドくなる。そして、冬コミのサークル参加申し込みに、間に合わなくなる。それに、万が一行き倒れになったら、誰がともやを下まで運ぶんだ?

 標高3100メートル、山小屋蓬莱館で、ともやは遂に限界を認め、ここでの一泊を決定しました。1泊5500円。ミスターから借金であります。
 山小屋の中では、たくさんの宿泊客が寝袋にくるまって寝ていました。その人達を起こさないように、我々もそっと濡れた服を干して寝袋に入り、眠れぬ一夜を過ごしました。