午前11時、開店時間ジャストに東家に戻って参りました。もちろん、我々が最初のお客さんであり、被害者でもあるわけです。

 窓際の席を陣取り、よだれかけを装着。これが、わんこそばに対する戦闘態勢なのであります。オレ達は還暦か。

 で、注文は二人とも『わんこそば・3000円コース』。2500円コースもあったのですが、これだとわんこタワーが見られないということで、わんこタワーの3000円コースに大決定。おかずの増える5000円コースは無論パス。

 まず運ばれてきたのは、色とりどりの薬味。テーブルの上に、所狭しと並べられました。わんこそばの味に飽きたら、この薬味でアクセントを付けて下さい…ということらしい。しかし、これだけ薬味があったら、スコアが落ちること受け合い。まぁ、ワサビとネギは使えそうだけど。お刺身は、インターミッションで食いましょう。とろろは一発逆転に使えそうだけど、副作用が怖い。他は論外。

 さぁ、いよいよ敵(お姉さん)がやって来ましたよー。まずは、前口上として、わんこそばの起こりについてとうとうと語られます。彼女の話によると、この辺では、ご飯のおかわりの回数が客のもてなしレベルを表すそうで、たくさんおかわりさせるためにわんこそばが出来上がったそうで。

これまで数々の挑戦者を苦しめてきたわんこそばを「もてなし」だと!?

許せん! この私が成敗してやる!




 
 さっそく試合開始。両者の椀にそばが入れられる。

噛んではいけない。これは飲み物である。飲み込んでも苦しくない大きさだから、つるっと麺だけを胃に入れる。汁は飲んではいけない。飲んだ分だけロスになってしまう。数杯ごとに、横の汁入れに開けるのだ。この汁入れ……もう一つの役割を持っているような気がしてならないのだが、それはゲームオーバーの際に分かるだろう。

 ともやは、この日のために作戦を練っていた。敵と目を合わせてはならない。敵に睨まれたら向こうの思うつぼである。視線は50センチ先の空間。顔を動かさず、椀だけを敵に向け、そばの補充を待つ。余計な筋肉の動きは血液を循環させ、満腹中枢の感知を早めることになるのだ。

 一方のミスターは、座った位置的に、敵と向かい合う形になり、嫌が応にも目を合わせなければならない。また、壁を見るともやとは逆に店内全体が見えるため、相当に不利な戦況となった。しかも、早い段階から薬味を使い、ついには禁断のとろろに手を出した。また、そのとろろを一度に全て使ったため、明らかにそばより多いとろろ。後半粘れるのか。

 一方のともやは、満腹中枢が気づく前にスコアを稼ごうと、序盤から飛ばす。敵の持ってくるお盆には16杯乗っているのだが、そのうち10杯をともやが奪うというハイペース。薬味は使わない。これは後半以降のアクセントだ。

 ちなみに敵は、お椀にそばを入れるたびに、こちらに声をかけてくる。
「はいどーんどーん」
「はいよいしょーよいしょー」
「はいがんばってー」
「はいじゃーんじゃーん」
「はいどーっこいどーっこい」
「はいまだまだー」
など。どれも我々の食欲を削ぐような言葉ばかりである。しかし、この言葉に惑わされてはいけない。我々は敵を倒さなければならない。敵から無尽蔵に放たれる弾丸全てを、この体で受け止めなければならないのだ。

 そんな中、ミスターの手が止まった。左手は椀のフタを探している。スタート前に、フタは台の下に置かれているため、フタを閉めるまでには多少時間がかかる。そして、その間に椀の中には再びそばが入れられる。そして、それを食べ、フタを台の上まで持ってくると、椀の中にはそばが入っている。まさに、フタ探しだるまさんがころんだ状態。
 フタを椀の隣まで持ってきたからといって安心してはいけない。椀の中には一本もそばを残してはならない。空になった椀にフタをしなければ、終了できないのである。ミスターの限界を見た敵は、照準を完全に向こうに合わせた。ともやが椀を差しだしても、おかわりが入らない。敵はミスターだけを見ていた。
 満腹で動きが鈍るミスター。フタを椀の上まで持ってきても、敵にそばをねじ込まれ、深くうなだれる。
 しかし、ミスターが渾身のスピードで椀にふたを乗せた。これでミスターは終了…と思われたが、敵もさるものであった。
敵「どれ? ちゃんと全部食べましたか〜?」
(ふたを開けるミスター)
敵「はい2本〜♪(そばを入れる)」
ミスターは、敵の策略にまんまとはまってしまい、再び満腹地獄を味わうことになったのであった。

 結局、ミスターの記録は81杯。成人男性平均の50〜60杯から見ると、なかなかの好成績と言える。

 一方のともやは、ミスターに照準が向けられている間に、薬味を入れてみた。ワサビ、ネギ、そしておかわりを持ってくる間に刺身を食べる。しかし、切り干し大根の漬け物を食べた途端に、満腹感に襲われた。どうやら、敵の地雷を踏んでしまったようだ。ズボンの腰ひもを緩めても、腹の皮はパンパンに突っ張っている。コレ以上押し込むことは出来るのか。
 ミスターが倒れ、ともやと敵の一騎打ちとなった。ミスターはトイレに行き、完全にマンツーマンである。こうなると敵の独壇場だ。そばを口に入れるやいなや、次のそばが椀に入る。ともやが左利きなのも災いし、敵がそばを入れやすいフォーメーションになってしまったのである。すでに薬味はその効力を失い、邪魔以外の何物でもなくなった。満腹を越えた先にあるのは、吐き気。一度キたが、それは必死でこらえた。既に限界を超えていたともやの腹。その時、店員が
「おかわり持ってきますねー♪」
ともやは、無言でゆっくりと椀にふたを閉め、その場に倒れた。

 これが、二人で討ち取った首の塔である。わんこタワー。横からわんこも見ているぞ。タワー1本で15杯。かけそば1杯分に相当するそうだ。このタワーには、隣に座っていたお客さん(普通に普通のそばを食べていた)もビビっていたぞ。
 戦いが終わっても、ともやはその場から動けなかった。だって、動いたら出るもの。その間にも、他のテーブルでは激しい戦闘が行われていた。カップルで来る客、家族連れで来る客。「早くー!」と急かすガキ。お前絶対吐くだろ。

 結局、ともやが席を立ったのは、更に20分経ってからだった。

 店の前で記念に一枚。ともやが持っているのは、100杯を超えた者だけに贈られる、手形であります。拡大写真が右のであります。ともやは、なんと112杯を平らげたのでした。でも、このうち10杯くらいは敵がねじ込んできたヤツだぞオイ。
 えー、これから挑戦しようとしている方々に忠告です。満腹になってからふたを探すと、間違いなく吐きます。腹9分目でふたを準備して下さい。そうすると、ちょうど満腹で終われるはずです。命に関わることですから、これを肝に銘じて挑戦して下さい。